QLOOKアクセス解析

退職教師の日本史授業

パワーポイントを用いて作った教材(主に日本史)を紹介します。その他、退職後の生活あれこれも。

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[edit]

北前船 

交通


 今日は江戸時代の交通の発達のスライドの紹介です。

 こちらにアクセスしてください。
 
 この教材はパワーポイントで作成しています。PPTファイルの閲覧にはPowerPoint Viewerが必要です。ダウンロードはこちらから。
 
 
 今日は水上交通について。
 江戸時代の海上交通は鎖国政策により、大船の建造と遠洋航海が禁止されましたが、海上交通自体は大いに発展しました。

 南海路は上方から江戸まで。菱垣廻船(ひがきかいせん)を利用します。菱垣とは、両舷に設けられた垣立(かきだつ)と呼ばれる舷墻に装飾として木製の菱組格子を組んだ事に由来するそうです。次第に樽廻船に圧迫されます。

 樽廻船は、菱垣廻船より独立したものです。菱垣廻船より小型で船足が速いです。酒荷を主に輸送しました。腐敗しやすい酒は輸送時間の短縮が重要でしたが、多様な荷を乗せる菱垣廻船は出帆までに長い日数がかかりました。これに不満をもった酒問屋が、酒専用の樽廻船問屋を結成し、独自の運営をはじめたそうです。樽廻船の迅速輸送が評価されると、酒以外の荷物も安い運賃で輸送するようになり、菱垣廻船にとってかわるようになります。

 東廻り航路、西回り航路という言葉をご存知でしょうか。東回り航路は陸奥荒浜(のち酒田)から江戸まで、日本海沿岸の酒田から津軽海峡を経て太平洋を回航し、東北地方と江戸とを結ぶ航路の名称です。西廻り航路は酒田から大坂までです。河村瑞賢(かわむらずいけん)により整備されました。河村瑞賢は伊勢の商人です。才覚で材木商になり、明暦の大火で大儲けをしました。幕命によりで東・西廻航路を開きました。

 以前は米どころ秋田・新潟から、大消費地大坂・京都への輸送ルートは、敦賀まで船で来て、敦賀で船から降ろし、大量の馬に積み替え、馬1頭に、脇腹に1俵ずつの2俵を振分て運んで、琵琶湖の今津に来ると、再び高瀬舟に積み替え、淀川を大坂へ向うコースが使われていました。この積み替えに要する労力・時間は大変なもので、船便は、従来よりもずっと費用が安くできます。

 北前船は、特に西回り航路に従事した船の呼称です。海産物・米・塩・雑貨を輸送・販売しましたが、単なる運送業者ではなく、自分で積荷を買い集め、自分の持ち船で運送し、それを自分で売りさばいた商人をもさします。


本日もお読みいただき、ありがとうございます。
いつも応援ありがとうございます。更新の励みになります。

にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

人気ブログランキングへ 
スポンサーサイト

[edit]

平家落人最終の地、五家荘撮影に
今日も出かける予定です

昨夜、ホテルで24日反映分の随筆をしたため
ちょうど
高田屋嘉兵衛の話を書いたところでした

FREUDE #6AWUBD.o | URL | 2013/11/22 08:10 * edit *

おはようございます
菱垣廻船~樽廻船、東廻り航路、西回り航路など充実してますね
山越えを伴う陸上輸送能力には制限があり、小型の船でも大量輸
送には最適だったんでしょう。
北前船・・札幌では時々耳にしました。
菱垣廻船の絵は、入江に倉庫と船があふれ活気がありますね。

jsk #gk2i27Ik | URL | 2013/11/22 09:27 * edit *

ちは(*^_^*)

こんな風にして拝見すると、今って、本当すごい時代になったんだなぁ~て思いますよね。
たった1日で、東北から大阪へと荷物も届くものね。
海と川を船で渡らないと。。だったのにね。

樽廻船は、酒問屋さんが始められたんですねぇ~。
そりゃぁ~せっかく運んでも日数かかって酒が傷んでしまっては、元も子もないものね。
でも、こうして、もっと自分たちの為になる方法はないのか?と考えて、行動した先人たちの積み重ねが
今の日本になっているんですねぇ。
つくづくそう思いました(*^_^*)☆☆~☆☆

TOMOママ #M8dLFX8E | URL | 2013/11/22 13:13 * edit *

ものすごい..革命ですね〜。樽廻船問屋は知らなかったです..。

あきんどさんは やっぱり すごい!

えむ #- | URL | 2013/11/22 15:10 * edit *

YUMIさま^^こんにちは~♪

樽廻船に東廻り、西廻り航路^^、
どちらにしましてもタイヘンな航路ですが、
山廻りよりは最適なコースだったのですね。
先人たちの知恵、いろいろお勉強になります。。。
先ほどは、ありがとうございました~♪

紗真紗 #- | URL | 2013/11/22 16:12 * edit *

早仕舞

早じまいします。 お世話になりました。 来年お互いに元気でお会いしましょう。

ijin #7ozVZe.w | URL | 2013/11/22 16:37 * edit *

FREUDEさんへ

FREUDEさん、こんばんは。
五家荘ですか。
いいなー。
行きたいです。

高田屋嘉兵衛の話も楽しみです。

YUMI #- | URL | 2013/11/22 18:49 * edit *

jskさんへ

jskさん、こんばんは。
海外には出ませんが、国内の海上交通は一番充実していますよね。
陸上輸送はたしかに能力に限界あり。
琵琶湖に行ったときに高瀬舟は見ましたよ。

YUMI #- | URL | 2013/11/22 18:51 * edit *

TOMOママさんへ

TOMOママさん、こんばんは。
たしかに今は1日で荷物届くものね。
すごい時代になったものだ。

工夫って大事ですよね。
私はできないことがあるとあきらめてしまうのだけれど、工夫しなくちゃね。

YUMI #- | URL | 2013/11/22 18:55 * edit *

えむさんへ

えむさん、こんばんは。
樽廻船が菱垣廻船から独立したことや、酒を運ぶところからなんていうのはあまり知られていませんよね。
商人は工夫しないと負けちゃいますね。

YUMI #- | URL | 2013/11/22 18:57 * edit *

紗真紗さんへ

紗真紗さん、こんばんは。
陸路+琵琶湖をつかってっていうのもよく考えたものだと思いますが、それ以上の工夫ですね。

YUMI #- | URL | 2013/11/22 18:58 * edit *

ijinさんへ

ijinさん、こんばんは。
ブログ拝見しました。
どうかお大事になさってください。
こちらこそ今年もお世話になりました。
来年元気でお会いできるのを楽しみにしています。

YUMI #- | URL | 2013/11/22 18:59 * edit *

YUMIさんこんばんは~~♪
江戸時代の鎖国政策で大型船の造船が禁止されたのは大きいですね。
北前船も大型船なら楽だったろうにと思います。
大型船が禁止されたのは家康の時からと聞きましたが、間違いないでしょうか。
司馬遼太郎の「菜の花の沖」で有名な高田屋嘉兵衛の持ち船も小さかったようですね(*^^)

まり姫 #8m8hig/. | URL | 2013/11/22 19:57 * edit *

まり姫さんへ

まり姫さん、こんばんは。
大型船の禁止は秀忠の時、でも実質的には家康だったとか。
でも対象は沿岸航行をする和船で、500石以上の船であっても外洋航行をする朱印船は除外されてい
たとか。

YUMI #- | URL | 2013/11/22 20:11 * edit *

江戸時代の貨物輸送、流通って、ぼくはあまり熱心に勉強しなかったのでしょうね。
「そうか、そうか…」と読んでます。
受験勉強というのは、やはり身になってはいないようです。

ディック #22hNL7Yc | URL | 2013/11/22 21:13 * edit *

ディックさんへ

ディックさん、こんばんは。
それは私も同じです。
こうやって調べれば、へーそうなのかとけっこう面白いところなのですが、授業ではついはしょってやってしまうところです。
こちらも反省。

YUMI #- | URL | 2013/11/22 21:17 * edit *

日本国内の海運にとても興味があります。
かつては、現在とはまったく異なる地図があったはず。
今はもう想像するしかないですが
城跡を見るよりも、庶民の息吹が感じられて
わくわくします。

takae h #A5.soH/6 | URL | 2013/11/25 00:55 * edit *

takae hさんへ

takae hさん、おはようございます。
海運って、こうやって調べてみるとホントおもしろいです。
海運もそうですが、江戸の商業って、おもしろいですね。
これからしばらく商業の歴史です。

YUMI #- | URL | 2013/11/25 08:27 * edit *
Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。