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退職教師の日本史授業

パワーポイントを用いて作った教材(主に日本史)を紹介します。その他、退職後の生活あれこれも。

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弥生時代 

弥生時代の授業教材を紹介させて下さい。
弥生時代のスライドは量が多いので、4つに分割して載せたいと思います。もともとは一つの教材ですので、弥生1から順にご覧下さい。また、スライドの中に数字がふられていますが、この教材は、実際に授業で使ったもので、授業はプリントも併用していましたので、数字はプリントに対応させる数字です。

弥生時代1   弥生時代2
弥生時代3   弥生時代4

インターネットエクスプローラ9以上では、レイアウトが崩れて見えるようです。その場合は、互換モード(F12を押してブラウザモードを互換モードにする)でご覧ください。

この教材はパワーポイントで作成しています。PPTファイルの閲覧にはPowerPoint Viewerが必要です。
ダウンロードはこちらから。

弥生時代は縄文時代同様、多くの遺物が残っているので、視覚に訴える授業が可能です。文科省は学習指導要領解説の中で「写真やビデオ等の視聴覚教材や実物教材の活用、博物館等の利用、遺跡や遺物の見学などを取り入れることは、生徒の関心や意欲を高めるとともに学習を深化させる」と書いていますが、今までの授業の手法(黒板に板書して、ノートに写して)では、そう簡単にはいきません。もちろん教科書の他に図説も使用していますが、いちいち図説を開かせてでは、大変です。その点、写真もスクリーンに映し出されるので、いちいち図説を開く手間もはぶけるし、また同じ写真でも、大写しになるので、迫力も違い、細かな点も観察できます。

自然的条件とそこに生きる古代人の巧みな知恵に支えられた生活とそこに根ざした人々の思いと精神性、習俗を通じて文化の原点を見ることができたと思います。「稲作の伝播など大陸文化の影響」や弥生人の渡来が与えた日本への影響は、非常に大きかったことを理解させることができたのではないかと思います。

縄文・弥生時代あたりは、豊富な画像に恵まれていますが、スライドにはどの画像を選ぶか迷ったり、よりわかりやすくなるように作り直したり、生徒の評価などを通してよりよいスライドにするようにしました。

また、小国の形成や互いの抗争といった歴史の動向を理解させるために、村落同士、或いは小国同士の抗争に関して、環濠集落等の資料を使い、監視、防衛、戦略、武器、戦死者と埋葬などの様子を見せました。首のない戦士の埋葬は時代を超えた戦争の悲劇をも語っていると思います。

弥生時代になると、漢書地理志等の文献史料も出て来ますが、これもスクリーンで見せることにより、生徒との対話が十分行えるようになりました。
教育実習の学生が来たときに、同じようにスライドを使った授業をしてもらいましたが、「40人の生徒が皆私の方を(実習生の脇に置いてあるスクリーンを)見ているので、生徒と絶えず視線が合うので、最初は緊張しましたが、徐々に会話もでき、それが楽しくなりました」と言っていました。
確かに、絶えず生徒と向かい合っているので、緊張しますが、興味のあるところはうなずき、またわかりにくいところはわからないと目で語ってもくれるので、板書を写すのに必死の生徒の頭の上を教師の説明だけが通り過ぎていくということもなく、充実感が味わえます。


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わーお、懐かしい。

弥生時代のスライドショーを見ていましたら、板付遺跡が出てきたので、嬉しかったです。

というのは、この板付遺跡を発掘していた中原志外顕さんのお宅に、小学生の頃、ほとんど毎日寄り道していたから・・・

注文紳士服を仕立てていた中原志外顕さんのところで、私の母が、ズボンを仕立てていたからです。小学校の帰りには、必ず寄って、しばらく遊び、一緒に家に帰ったり、私だけ先に戻ったり。

だから、中原さんの家の中に、無造作に置かれた「甕棺」のかけらとか、石器、復元された土器や甕棺、おりまげられた人骨の写真なども、しょっちゅう見ていたんです。

母は、「中原さんは、墓あばきに行きよる」と悪口めいたことを言っていたのだけど、その後、中学とか高校の時に、板付遺跡のことを学習するとき、なんかうれしかったのを覚えています。

今は、きちんと整備されているようですが、私が見ていたころ(昭和30年代)は、まだまだ発掘の途中。中原さんが、ベレー帽をかぶり、片足を引きずりながら、にこにこ話してくれたのも、懐かしい思い出です。

はい。では、また続きを見ますね。

yumin #Ucsnf9Dg | URL | 2012/03/10 18:57 * edit *

yuminさんへ

yuminさん、こちらへもコメントありがとうございます。
> この板付遺跡を発掘していた中原志外顕さんのお宅に、小学生の頃、ほとんど毎日寄り道していたから・・・
> だから、中原さんの家の中に、無造作に置かれた「甕棺」のかけらとか、石器、復元された土器や甕棺、おりまげられた人骨の写真なども、しょっちゅう見ていたんです。
> 母は、「中原さんは、墓あばきに行きよる」と悪口めいたことを言っていたのだけど、その後、中学とか高校の時に、板付遺跡のことを学習するとき、なんかうれしかったのを覚えています。

すごいい経験されましたね。
甕棺や石器や土器や人骨まで…
お母様の「中原さんは、墓あばきに行きよる」という言葉がなんともいえません。
そういう原経験があると歴史に対する思いもかわるのでしょうね。

YUMI #- | URL | 2012/03/10 19:46 * edit *
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