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退職教師の日本史授業

パワーポイントを用いて作った教材(主に日本史)を紹介します。その他、退職後の生活あれこれも。

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本字○号 

日明貿易

今日も日明貿易のスライドの紹介です。

日明貿易のスライドはこちらから。

インターネットエクスプローラ9以上では、レイアウトが崩れて見えるようです。その場合は、互換モード(F12を押してブラウザモードを互換モードにする)でご覧ください。

この教材はパワーポイントで作成しています。PPTファイルの閲覧にはPowerPoint Viewerが必要です。
ダウンロードはこちらから。

日明貿易の特徴です。
1401年から1549年まで行われました。1404年以降は日本に対して交付される貿易許可証である勘合符を所持する事で倭寇と区別し、正式な遣明船である証としました。
査証は寧波(にんぽー)で、交易は北京で行なわれました。  
運搬費や滞在費など、諸経費は明側の負担でしたので、日本側は莫大な利益を得ることができました。
貿易品は、輸出品が。銅・刀剣・硫黄・扇・屏風・蒔絵など、輸入品が、明銭(永楽・洪武・宣徳通宝)・生糸・絹織物・書画・骨董品などです。
貿易港は、堺・博多・平戸・坊津・寧波などです。明側は寧波のみです。
寧波はまたあとででてきますので、覚えておいて下さい。

さて、勘合(勘合符)です。もともとは2つのものを考え合わせるという意味だそうですが、転じて2つの札を付き合わせて立証を行う証明書のことも「勘合」と呼ぶようになりました。
明、日本の双方が、勘合と勘合底簿を持ちます。日明間では、日字勘合と本字勘合が使われました。
本字勘合(本字一号~百号)を日本の遣明船が寧波に持参し、明がもつ本字勘合底簿と照合します。遣明船は本字勘合を一号から順次持参します。逆に明側は日字勘合を日本に持参し、日本側の所有している日字勘合底簿と照合します。
勘合符と勘合底簿をあわせれば、本字○号(○には数字がはいります)となるわけです。
文章の説明では少しわかりにくいと思うので、お時間があればスライドをみてください。


本日もお読みいただき、ありがとうございます。
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中国ではすさまじい反日デモが続いていますね…
結局は互いに理解し合うことは無理な国民性なのかなと思います。

プラハのお店で「あなたは日本人ですね?」とお店の方に言われたので
「ええ、。そうです。どうして韓国人や中国人と思わなかったんですか」と訊くと
「だってあなたは礼儀正しいから」と返事が返って来ました。

よっちん #WeUJiN46 | URL | 2012/08/21 06:35 * edit *

おはようございます。

なにかとややこしい事をしていたのですね・・・
頭がこんがらがってきました(笑)

スライドを見て、勉強しなおします^^

HANAMIZUママ #OGPSQbQg | URL | 2012/08/21 08:18 * edit *

おはようございます!
またまたなるほど~
諸経費は明側がもっていたとは、驚きです。
やっぱりこのころの、国家、としては
大きな明に小さな倭、という感じだったのでしょうか。
現在の日本と中国の状況と照らし合わせて考えるのも
面白いですね~
勘合についても実物はどんなだろう、
と想像が膨らんで楽しいです!

Harvest Moon #- | URL | 2012/08/21 09:12 * edit *

よっちんさんへ

中国にしろ、韓国にしろ、すさまじいものがありますね。
国民性とはいえ、日本人の私にはあのすごさはよくわかりません。

バリ島でも、中国からの観光客は多かったです。
プラハにも進出ですか。

YUMI #- | URL | 2012/08/21 11:00 * edit *

HAMAMIZUママさんへ

HAMAMIZUママさん、こんにちは。
すみません、今日のところ、ちょっとわかりにくかったですかね(^^;
勘合符は実物をみないと、言葉の説明ではわかりにくいですね。

YUMI #- | URL | 2012/08/21 11:04 * edit *

Harvest Moonさんへ

Harvest Moonさん、こんにちは。
諸経費を明側がもったというのは、私も自分で教えるようになるまで知りませんでした。
中国は、古代からずっと世界の中心中国、その他蛮国ですからね。
今の中国と日本、そうではないのが、おもしろくないのか…

YUMI #- | URL | 2012/08/21 11:07 * edit *

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# |  | 2012/08/21 14:54 * edit *

およそ150年間に19回も遣明船が派遣されたなんて驚きです。それでも一年に二度はなかったわけで、輸入品は当時の日本人には、貴重なものだったでしょうね。
しかし、硫黄って、何に使ったのかしら……。

takae h #A5.soH/6 | URL | 2012/08/21 15:08 * edit *

鍵コメさんへ

応援ありがとうございます(*^_^*)

YUMI #- | URL | 2012/08/21 15:47 * edit *

takae hさんへ

takae hさん、こんにちは。
硫黄はね、火薬に必要だったようですよ。
明は倭寇に苦しんだだけでなく、他の国とも戦いますから、その火器に大量の硫黄が必要だったみたいです。

YUMI #- | URL | 2012/08/21 15:50 * edit *

YUMIさんこんにちは~~♪

日明貿易もやはり遣明船の扱いだったのですね。
中国は明の時代もまだ世界一の超大国のままだったということだったのでしょうか。
日本はわかっているだけでも遣隋使、遣唐使など中国の時の政権に挨拶に行っているところを考えると、今の日本政府が首相が替るたびに米国に挨拶に行くのとあまり変わらなかったみたいに思います(*^_^*)
輸送費まで明が負担していたということは、やはり国力の差が大きかったのかとも思います。

まり姫 #8m8hig/. | URL | 2012/08/21 16:27 * edit *

まり姫さんへ

まり姫さん、こんにちは。
中国とはずっと朝貢形式ですね。
まあ、中国がそうでなければ貿易をしないわけで。
義満も、最初は、「国王」でないからと拒否されたようですが、明も倭寇にには勝てず、倭寇禁圧を期待して義満と貿易をはじめたようです。
実際の力は別にして、意識としては、世界の中心なんでしょうね。

今の日本がアメリカに挨拶に行くのと同じか。
そうですね。


YUMI #- | URL | 2012/08/21 17:17 * edit *

懐かしい…

日明貿易、勘合符。
たしかに学習しましたよ!
勘合符はイメージと違っていました。
私の想像では、漢字のゲームのように、「へん」と「つくり」がバラしてある札でした(笑)
もっと複雑だったようですね。
漢字圏だったからこそできる手段なのだと思います。

砂希 #- | URL | 2012/08/21 22:13 * edit *

勘合貿易ですね
江戸時代を舞台にした時代劇では、よく
「割符」という言葉が出てきてるようです

明治末期生れの祖母の話や古典落語では
本字で書く、という言い方が出てきました

FREUDE #6AWUBD.o | URL | 2012/08/22 06:06 * edit *

砂希さんへ

砂希さん、おはようございます。
勘合符、懐かしいですか。
そうですね、中国は漢字圏だったから、使ったんでしょうね。
でも、他の東南アジアの国々とも使ったようなのだけれど…

YUMI #- | URL | 2012/08/22 06:34 * edit *

FREUDEさんへ

FREUDEさん、おはようございます。
落語にでてくる「本字で書く」って、どういう意味なのでしょうか?
と思って調べたら、仮名にたいして漢字のことのようですね。
または漢字の略字に対して正字のこと。
知りませんでした(^^;)

YUMI #- | URL | 2012/08/22 08:11 * edit *
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