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退職教師の日本史授業

パワーポイントを用いて作った教材(主に日本史)を紹介します。その他、退職後の生活あれこれも。

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推古朝の政治 

今日は、ヤマト政権の発達のスライドです。

ヤマト政権の発達

インターネットエクスプローラ9以上では、レイアウトが崩れて見えるようです。その場合は、互換モード(F12を押してブラウザモードを互換モードにする)でご覧ください。

この教材はパワーポイントで作成しています。PPTファイルの閲覧にはPowerPoint Viewerが必要です。
ダウンロードはこちらから。

このスライドは、東アジアとの交流が、キーポイントになっています。高句麗・百済・新羅3国の関係は、大伴金村の失脚や磐井の乱を引きおこし、ヤマト政権に動揺を与えます。
ヤマト政権はその後、継体朝・欽明朝の内乱を経て、蘇我氏・物部氏の対立の時代に入っていきます。
大臣蘇我氏と大連物部氏の対立は、その政治的立場での対立だけでなく、仏教に対しての崇仏・排仏も大きな対立の原因となっています。蘇我馬子が物部守屋を滅ぼした後、崇峻天皇を即位させます。しかし、即位したあとでも政治の実権は常に馬子が握っており、次第に不満を感じるようになった崇峻天皇を、蘇我馬子は暗殺してしまいます。
その後に現れるのが、推古天皇です。 推古朝の政治は、以前は聖徳太子がクローズアップされて語られていましたが、聖徳太子・蘇我馬子・推古天皇3人の協力体制で行えた政治であること。ではありますが皇族と蘇我氏の対立も大きかったとはいえ国際化認識や対外政策では蘇我氏の方がリアルな判断をしていたとも考えられること、「隋の脅威」のキーワードのもと様々な政策を行ったこと等を強調し、生徒もよく理解してくれたと思います。

この時代の政治には、朝鮮半島の情勢だけでなく、中国隋という大国の動きが大きな影響を与えます。それを「隋の脅威」という言葉で強調しました。遣隋使の派遣も607年の小野妹子の派遣は有名で隋書倭国伝の史料もよく使われるものですが、それ以前の600年の遣隋使が、隋の脅威を目の当たりにして、その後の憲法十七条や冠位十二階の制定があったと考える方が自然だと思います。

このスライドは、全体的に写真は少なく、図解が多いスライドになっています。前にも述べたように、内容を箇条書きにするのではなく、図解を用いることによって、生徒に自分で考えさせることができればと思いました。生徒は、よく理解したと思います。スライドの1枚を、中間テストの問題とし、内容を論述させたりもしましたが、よく書けていたと思います。

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No title

こんにちは☆

非常に丁寧なスライドですね。
古代史を理解するにはうってつけのスライドだと思います。
個人的には日本書紀の記述そのものに疑問を持っています。

まり姫 #8m8hig/. | URL | 2011/10/25 16:02 * edit *

まり姫さんへ

ありがとうございます。
日本書紀の記述は確かに疑問も多く、生徒には教科書に書かれていることがすべてではない、歴史の見方は一様ではないということを強調してきたつもりです。

YUMI #- | URL | 2011/10/25 17:52 * edit *

日本史の理解を深める為にも、中国の諸制度理解が必要かと思い、今は中国の歴史に関する本を読んでいます(もはや世界史w)。
学生が終わる前には、日本史に立ち返って学ぶべく、読書スピードアップ中ですρ(-ω- )

太陽 #- | URL | 2011/10/27 13:47 * edit *

太陽さんへ

コメントありがとうございます。
頑張ってますね。有意義な大学生活をおくっているようで、うらやましいな。
大学時代が、たぶん本も一番たくさん読めるしね。
これから卒論が大変なのかな?

YUMI #- | URL | 2011/10/28 20:21 * edit *
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