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退職教師の日本史授業

パワーポイントを用いて作った教材(主に日本史)を紹介します。その他、退職後の生活あれこれも。

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中浜万次郎 

 昨日は明治期の英語教育についてでしたので、その関連で今日は中浜万次郎のお話を。

 ジョン万次郎こと中浜万次郎は、土佐の漁師でしたが、1841年出漁中に遭難し、アメリカの捕鯨船に救助されました。その後10年にもおよぶアメリカでの生活ののち、1851年に帰国、土佐藩に登用されました。彼はアメリカ船長ホイットフィールドにその才能を見込まれて学校に入れてもらい、実力で捕鯨船の航海士にまでなりました。その万次郎のことは、土佐だけでなく、江戸にまで聞こえていました。江川太郎左衛門はこの青年を自分専用の通訳兼外交顧問として活躍させるつもりでしたが、万次郎の起用に反対意見を唱える者も多かったようです。鎖国下の日本、外国の生活を経験できたのは、彼のように海難という災難にあって外国に漂着したり、外国船に救われたりというものに限られていました。外国における経験が豊かであればあるほど、そのもたらした情報は貴重ですが、逆にその者の忠誠心が疑われたようです。海外知識はこの時点では負の価値だったようです。
 
 中浜万次郎はジョン万次郎という名でよく知られています。というか、その方が一般的でしょう。彼は在米中はジョン・マンと自称していたそうですが、帰国後は中浜という姓を得て、アメリカ風を見せびらかすようなジョン万次郎という言い方は、ほとんどしなかったそうです。にも関わらす、ジョン万次郎という言い方がなぜ定着したのか。二つの文化を仲介する人間を、日本人は、むこうがわに帰属したどこか信用のおけない存在として眺めていたのではないかと言われています。中途半端な人間はカタカナ交じりの半分日本人ではないような名前で呼ぶのだと。

 なんだか現代にもつながる問題のように思えます。



本日もお読みいただきましてありがとうございました。

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ジョン・マン

大学の英語では、ジョン万次郎の冒険、などというテキストを使いました。
楽しく学習できましたよ。
でも、万次郎は間諜的な扱いを受けていたんですね。
後世の人間にはわかりませんでした。
居酒屋のジョン万次郎も好きです。
大宮店にはよく行きましたが、今でもあるかしら…。

砂希 #- | URL | 2014/08/17 08:14 * edit *

 ジョン万次郎という名前は良く聞きます、あまり
知らないことをこちらで教えて貰って嬉しいですわぁ。
あの時代に英語なんて、それは素晴らしいことですよね。
余り、個性的すぎる人は敬遠されたのでしょうね。
使いやすい人はいつの世も重宝されますね。

ムームー #- | URL | 2014/08/17 08:15 * edit *

 ジョン万次郎は誰でも知っている名前ですが、中浜万次郎という名はあまり知られていないと思いますね。
カタカナ交じりの半分日本人ではないような名前・・・そんな風に見られていたのですか。勉強になりました。

しずか #- | URL | 2014/08/17 11:22 * edit *

砂希さんへ

e-343砂希さん、こんにちは。
「ジョン万次郎」は井伏鱒二の小説で一般的になったようですね。
みんなと同じが好きな日本人。
違う要素をもった人は排除するんですね。
万次郎さん、才能ある人のようですね。

居酒屋のジョン万次郎って知らなかった…

YUMI #- | URL | 2014/08/17 14:18 * edit *

ムームーさんへ

e-343ムームーさん、こんにちは。
私も、ブログに載せるにあたり、いろいろ調べなおして。
勉強になりますわ。

個性的すぎる人は敬遠…
なんか日本って、いつまでもそうなような。

YUMI #- | URL | 2014/08/17 14:21 * edit *

しずかさんへ

e-343しずかさん、こんにちは。
そうですよね、中浜万次郎よりジョン万次郎の方が有名です。
井伏鱒二の小説の効果のようですが。
私も今回の記事は、勉強し直して知りました。

YUMI #- | URL | 2014/08/17 14:23 * edit *

YUMIさんこんにちは~~♪
下痢に豪雨に追いかけられて帰ってきました(;^_^A アセアセ
ひどい状態です。

中浜万次郎(ション万次郎)さんが幕末維新時に日本に与えた影響は大きいと思うのですが、長州出身者にはあまり歓迎されなかったようですね。
万次郎さんを重用すれは゛日本人がもっと貪欲に諸外国から吸収できるものがあったと思うのですがねー

まり姫 #8m8hig/. | URL | 2014/08/17 18:11 * edit *

記述の後半部分を
興味深く読ませていただきました。

社会科の先生だったYUMIさんならではの
見解だと思いました。素晴らしい見解だと感じます。

応援ぽち

よっちん #JXoSs/ZU | URL | 2014/08/17 18:26 * edit *

まり姫さんへ

e-343まり姫さん、こんばんは。
豪雨心配してたのよ。
でも無事にお帰りになれた?
ん?下痢も?

そうですね、新政府がもう少しうまく万次郎さんを起用できたらちがったでしょうね。

YUMI #- | URL | 2014/08/17 19:37 * edit *

よっちんさんへ

e-343よっちんさん、こんばんは。
この記事のタイトルも最初はジョン万次郎にしようかと思ったのですが、やめて中浜万次郎にしました。
中浜万次郎さん、もう少し調べてみたい気になりました。

YUMI #- | URL | 2014/08/17 19:39 * edit *

こんにちわ。

ジョン万次郎は知ってました。
当時は、差別で大変だったのでしょうね。

今は、帰国子女は、引っ張りだこですね!

アトムパパ #ulYx6Mu6 | URL | 2014/08/17 21:55 * edit *

アトムパパさんへ

e-343アトムパパさん、こんばんは。
そうですね、帰国子女は人気ありますよね。
でも苦労も多いのかな。

YUMI #- | URL | 2014/08/17 22:07 * edit *

遭難して、助けられたと思ったら、アメリカに連れて行かれ、
そこで見た光景は、今でいえば宇宙人に連れて行かれたと
同じくらいのショックだったのではないでしょうか。。。
もし、現代で宇宙のある星のとんでもない文明の高い星から
帰ってきたら、大変でしょうね~^^
変なコメントすみません^^;
ポチ!

イザワ #3/VKSDZ2 | URL | 2014/08/17 23:37 * edit *

こんばんは^^

社会科では、ジョン万次郎という名前で
習った記憶があります。
本名は、中浜万次郎という名前だったのですね。
あの当時、英語が話せる、万次郎の存在は
大きかったでしょうね。

k-24 #LkZag.iM | URL | 2014/08/17 23:43 * edit *

YUMIさん

中途半端な存在、として、ペリーに差し出された下田の芸妓、お吉さんを思い出しました。

万次郎の記述をつらつら見ていると
アメリカで暮らしたころの彼を
『万次郎はクラスでいつも首席であり、学習に完全にぼっとうしていた。恥ずかしがりやで態度はいつも静かで、謹み深く丁寧であった』と書いた文章に出会いました。

そんな彼だから、どんな苦難も乗り越えて帰国し、帰国したのちも
人々の信頼を得て、東大の教授にまでなったのでしょうね。
政治家になるよう勧められても、教育者の道を選んだ万次郎に
人としての器の大きさを感じます。

takae h #A5.soH/6 | URL | 2014/08/18 01:06 * edit *

イザワさんへ

e-343イザワさん、おはようございます。
たしかに彼にとってアメリカは宇宙のような存在だったかもしれませんね。
宇宙から帰ってきたら、まわりの人間もちょっとという目で見るでしょうね。

YUMI #- | URL | 2014/08/18 06:36 * edit *

k-24さんへ

e-343k-24さん、おはようございます。
ジョン万次郎の名は有名ですが、なかなか彼について詳しくは知らないですよね。
英語が話せる、アメリカのことをよく知った万次郎をもっと重用できればよかったのに。

YUMI #- | URL | 2014/08/18 06:38 * edit *

takae hさんへ

e-343takae hさん、こんにちは。
万次郎は優秀だったようですね。
というか、やはりやる気の問題かな。
政治家になるよう勧められても、教育者の道を選んだ万次郎は立派だと思いますが、政治家の道を選ばなかったなにかが、当時の日本医にはあったのかもしれませんね。

YUMI #- | URL | 2014/08/18 12:39 * edit *
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