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退職教師の日本史授業

パワーポイントを用いて作った教材(主に日本史)を紹介します。その他、退職後の生活あれこれも。

一揆よ起て、信仰のために命をすてよ 

信長

 今日は織田信長のスライドの紹介です。

 こちらにアクセスし、織田信長のところをクリックしてください。お手数をおかけします。

 この教材はパワーポイントで作成しています。PPTファイルの閲覧にはPowerPoint Viewerが必要です。ダウンロードはこちらから。

 今日は石山戦争です。石山戦争とは1570年の石山挙兵から1580年の顕如退去までの10年間、あしかけ11年を指すようです。戦国時代最大の宗教勢本願寺勢力と、天下布武を目指す織田信長との軍事的政治的対立です。石山合戦の終結と同時に各地の一向一揆はその勢いをなくしていきます。この10年間ですが、信長の上洛から信長の死までの織田政権15年間のほとんど大半の占めています。

 一向宗は証如の時代に、京都に近く交通の便の良い大坂御坊を本拠とし石山本願寺と改めました。その本願寺、三好衆の軍を追って大坂に迫った信長が、石山をも破却しようとするのを目にして、挙兵に踏み切りました。顕如自ら「一揆よ起て、信仰のために命をすてよ」と号令しました。のちには「娑婆は一たんの苦しみ、未来は永世の楽果」とも説いたそうです。こうした宗主の檄文は70通はあるそうです。この檄文、すごいですね。

 本願寺は自前の軍を常備してはいませんでしたので、顕如は全国に軍役を求める檄文をだしました。これにこたえ、一向宗徒が戦いにかけつけ、支援物資を送ってきました。

 1580年信長は、天皇の命令による講和という形で、顕如の大坂立ち退きと引き換えに一揆衆すべての生命を保障するとし、顕如は降伏し、各地の一揆衆に停戦命令を出し、大坂を退去しました。

 この石山本願寺の跡地に、秀吉は大坂城を築きます。


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